トビムシの頭部形態の研究をしているドイツ・ボン大学の大学院生Peter RÜHRくんがインターンシップで菅平高原実験センター比較発生学研究室にやってきました。卵、胚の解剖や、切片などの組織学手法、昆虫比較発生学の論考法の習得が主な目的です。7月末までの2か月間の滞在での修行を予定しています。
昆虫比較発生学は、形態学の盛んなドイツを中心に、アメリカ、イタリア、ポーランド、オーストラリアなどで発展し、昆虫形態学に大きく貢献してきました。しかし、発生生物学、分子発生学が急速の進歩を遂げているのに反して、そのテクニックや方法論が難しい純形態学的な昆虫比較発生学は継承されにくく、研究室のボスが退くと後が続かないのです。数年前、カナダ・アルバータ大学のBruce HEMING 教授の退官により、世界で昆虫比較発生学が発展し続けているのは日本だけになりました。
比較発生学は種群のグラウンドプランや系統進化の再構築に絶大なる力を発揮します。そのことは、世界26研究機関(筑波大学菅平高原実験センター比較発生学研究室は8コア拠点の一つ)による昆虫類1000種(1K)のトランスクリプトーム解析による大規模データに基づいた昆虫類の系統進化の解明を目指す国際プロジェクト、「1000 昆虫トランスクリプトーム進化プロジェクト1K Insect Transcriptome Evolution Project (1KITE)」で証明されました。私たちの研究室は昆虫類の6主要系統群(カマアシムシ目・トビムシ目・コムシ目・イシノミ目・シミ目、そして有翅昆虫類)のすべてを比較発生学的に検討してきました。その結果、依然コンセンサスが得られていない昆虫類の高次系統に関して、まず、内顎類の単系統性を棄却(図1)、さらに、胚膜の検討を加えることにより、「欠尾類=(カマアシムシ目+トビムシ目)+(コムシ目+外顎類(=イシノミ目+双関節丘類(=シミ目+有翅昆虫類)))」(図2)という「新奇すぎる」系統仮説を提出することになりました(Machida (2006) Arthropod Systematics and Phylogeny 64: 95-104; 「昆虫と自然」47(11) 昆虫比較発生学特集号 (2012))。この比較発生学から導かれた私たちの新たな昆虫類の高次系統に関する系統仮説とまったく一致した系統樹を、なんといま進行中の1KITEの解析が提出したのです(図3)。 比較発生学的論考の重要性が強く認識され、証明されたのです。
図1
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カマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目の3目は「内顎口」という共有派生形質で「内顎類」にまとめ上げられてきました。
しかし、私たちの詳細な比較発生学的検討は、カマアシムシ目+トビムシ目の内顎口形成様式とコムシ目のそれは大きく異なることを明らかにしました。
つまり、この形質が3目の共有派生形質ではありえないことが強く示唆されたのです
図2
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昆虫類の進化において、胚と胚膜の間には明確な機能分業が認められました。これを基に再構築された新たな昆虫類の高次系統です
図3
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1KITEの予備的解析として100種のデータから導かれた昆虫類原始系統群の系統関係。私たちの比較発生学が導いた系統仮説とまったく一致した解析結果です
1KITEという大規模プロジェクトの立ち上げのとき、私たちの研究室はコア拠点としての参画を要請されました。それは比較発生学のポテンシャルの高さが世界的に強く認識されていたということです。ここにあって、その高いポテンシャルをもつ昆虫比較発生学、それを自身の研究室で始めようとしたとき、どうしたらいいのでしょうか。日本以外では継承が途絶えていますから、その「種」を日本に求める以外、どうにもならないのです。今回のボン大学の大学院生の修行はまさにこれです。Peter君がその種をドイツに持ち帰るのです。まさに日本がドイツなどから導入した比較発生学、その「逆輸入」です。「昆虫比較発生学の種」をさらに良いものとし育み、学問の「レフュージア」を守り続け発展させる義務がある、今回、私たちはその気持ちを新たにしています。
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手巻き寿司でお出迎え
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ピンセット研摩中
文責・図:RM 写真:ジュズヒゲマシモ