S. Mtow, T. Tsutsumi, M. Masumoto, R. Machida (2023) Revisiting the formation of midgut epithelium in Zygentoma (Insecta) from a developmental study of the firebrat Thermobia domestica (Packard, 1873) (Lepismatidae). Arthropod Structure and Development, 73, 101237, doi: 10.1016/j.asd.2023.101237.

図 シミの一種、ヤマトシミ Ctenolepisma villosa

研究成果のポイント

昆虫類は全動物種の75%を占める最も繁栄した動物群で、その99%は翅(はね)を獲得した有翅昆虫類、残りの1% は原始的で翅を獲得する段階には達していない無翅昆虫類です。昆虫類の消化器系の中で最も重要な器官である中腸は、無翅昆虫類ではもっぱら卵黄細胞により形成されますが、ほとんどの有翅昆虫類を含む新翅類では前腸と後腸の伸長により形成され、有翅昆虫類のうち、最初に出現した、原始的な旧翅類では無翅昆虫類と新翅類の折衷型の中腸形成様式が知られています。一方、無翅昆虫類の中でもっとも有翅昆虫類に近縁とされるシミ目の中腸形成については、他の無翅昆虫類と同様に卵黄細胞のみで形成されるのか、それとも有翅昆虫類のように、前腸や後腸もその形成に関与するのか、よく分かっていませんでした。

本研究では、厳密な組織学的観察および微細構造学的観察により中腸形成過程を詳細に検討し、シミ目の中腸は卵黄細胞のみに由来することを明らかにしました。シミ目の中腸が卵黄細胞のみに由来することが明らかになったことで、無翅昆虫類のすべてにおいて中腸は「卵黄細胞由来型」であり、素早い中腸形成が可能となる前腸・後腸の中腸への分化能は有翅昆虫類で初めて獲得されたことが明らかになりました。昆虫類の大繁栄は類を見ないほどの有翅昆虫類の多様化によりもたらされましたが、その背景にある要因の一つとして、スピーディーなライフサイクルの進行につながる形態形成の効率化が挙げられます。つまり、有翅昆虫類での前腸・後腸由来の中腸形成の獲得は、昆虫類の大繁栄につながる重要なできごとであったと理解することができます。

研究の背景

昆虫類は全動物種の75%を占める最も繁栄した動物群です。昆虫類の大部分(99%)は翅を獲得した有翅昆虫類で、昆虫類の大繁栄は有翅昆虫類の多様化によるものです。昆虫類の残りの1% は翅を獲得する段階には達していない原始的な昆虫類(無翅昆虫類)です(図)。無翅昆虫類(カマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目、イシノミ目とシミ目からなる)の一群であるシミ目は、紙・乾物などを食害する屋内性害虫としても知られる私たちになじみの深い昆虫で、有翅昆虫類の姉妹群であると考えられているグループです。

図 昆虫類の中腸形成様式

昆虫類の消化管は、前方の前腸、後方の後腸、そして前腸と後腸の間にある中腸からなり、中腸は、私たちの「胃」に相当する消化吸収を担う重要な器官です。無翅昆虫類の中腸は、発生の初期から卵内に散在している卵黄細胞に由来し(「卵黄細胞由来型」)、卵黄細胞が徐々に増殖し形成されるため時間がかかり、無翅昆虫類の中腸は、孵化後しばらくたってから(通常、二齢以降)でないと完成しません。一方、有翅昆虫類の中腸は、その前方にある前腸と後方にある後腸の端部が素早く伸びて互いに融合することで形成され(「前腸・後腸由来型」)、その中腸は孵化以前に完成します。

このような、「卵黄細胞由来型」から「前腸・後腸由来型」への中腸形成の進化はどのように起きたのでしょうか。有翅昆虫類はカゲロウ目とトンボ目からなる、最初に出現した原始的な旧翅類と、ほとんどの有翅昆虫を含む約30目からなる新翅類に大別され、旧翅類の中腸は、卵黄細胞由来型と前腸・後腸由来型の「折衷型」で形成されることが知られています。すなわち、中腸の中央部は無翅昆虫類のように卵黄細胞に由来しますが、前方部と後方部はそれぞれ前腸と後腸の伸長により形成されることから、旧翅類は、無翅昆虫類から有翅昆虫類の新翅類への橋渡しであるとされてきました。しかしながら、無翅昆虫類の中でも有翅昆虫類に近いとされるシミ目の中腸に関しては、十分な先行研究が行われておらず、他の無翅昆虫類と同様に卵黄細胞にのみに由来する「卵黄細胞由来型」である、旧翅類同様の「折衷型」で形成される、との二つの異なる見解が提出されていました。

研究内容と成果

本研究では、シミ目のマダラシミThermobia domestica(図)を材料に、光学顕微鏡による組織学的観察、走査型および透過型電子顕微鏡による微細構造学的観察を行い、中腸形成過程を詳細に検討しました。

図 マダラシミ

その結果、中腸は卵黄細胞が予定中腸の表層に着床・増殖することで形成され、二齢幼虫を経て完成することを明らかにしました。前腸および後腸の端部の中腸形成への関与は認められず、中腸はもっぱら卵黄細胞のみに由来していました。一齢幼虫の前腸と中腸の接着部の透過型電子顕微鏡像からも、前腸に卵黄細胞から分化した中腸が直結している様子が明示されました(図)。先行研究では光学顕微鏡観察に基づいた検討が行われていましたが、前腸・後腸の中腸への分化に関する検討において重要な、クチクラ性皮膜および微絨毛の細胞表面での存否、細胞質および核質の特徴は、透過型電子顕微鏡による微細構造学的検討が必要であり、本研究により初めて観察することができたのです。

図 マダラシミの一齢幼虫の前腸と中腸の連結部の透過型電子顕微鏡像。矢尻は前腸(外胚葉性組織)を特徴づけるクチクラ性皮膜を、矢印は前腸と中腸の境界を示す

シミ目の中腸形成が卵黄細胞のみに由来するということは、無翅昆虫類のすべてにおいて中腸は「卵黄細胞由来型」であり、素早い中腸形成を可能とする前腸・後腸の中腸への分化能は有翅昆虫類で初めて獲得されたものであることを意味しています。昆虫類の大繁栄は、類を見ないほどの有翅昆虫類の多様化によりもたらされましたが、その背景にはスピーディーなライフサイクルの進行も重要な要因として挙げられます。有翅昆虫類が獲得した「前腸・後腸由来型」は、中腸形成の効率化であり、このことは、昆虫類の大繁栄につながる重要なできごとであったと理解することができます。

今後の展望

 本研究は、これまでの分子系統学的研究と比較して格段に多くの種、遺伝情報を解析することで、トンボ目の系統進化を解明しました。しかし、ムカシヤンマ科に近い入手困難な2科を材料に含めることができませんでした。これらの科も含め、より多くの種群の解析を進めることで、トンボ目の系統進化の洞察をさらに深め、明らかになったトンボ目の系統進化の道筋に沿って、トンボ目の形態、行動、生態などの生物学的側面を議論していきます。そして、種数で動物の75%を占めるほどの大繁栄を遂げてきた昆虫類、その初期進化のイメージを描き上げたいと思います。

研究資金

本研究は、NSF 補助金(Nos. 1564386, 1453147)、ドイツ研究基金(DFG: Nl 1387/1-1)、科学研究費補助金(21570089)などの補助を受けて行われました。